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最高裁判所第三小法廷 昭和44年(オ)269号 判決

上告人

棚橋鐸一郎

代理人

谷村唯一郎

外三名

被上告人

長田時雄

代理人

丁野暁春

外二名

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人谷村唯一郎、同塚本重頼、同吉永多賀誠、同菅沼隆志の上告理由第一点について。

消費貸借契約の当事者間で、利息について定められた弁済期にその支払がない場合に延滞利息を当然に元本に組み入れ、これに利息を生じさせる約定(いわゆる重利の予約)は、有効であつて、その弁済期として一年未満の期限が定められ、年数回の組入れがなされる場合にもそのこと自体によりその効力を否定しうべき根拠はない。しかし、その利率は、一般に利息制限法所定の制限をこえることをえないとともに、いわゆる法定重利につき民法四〇五条が一年分の利息の延滞と催告をもつて利息組入れの要件としていることと、利息制限法が年利率をもつて貸主の取得しうべき利息の最高額を制限していることにかんがみれば、金銭消費貸借において、年数回にわたる組入をなすべき重利の予約がなされた場合においては、毎期における組入れ利息とこれに対する利息との合算額が本来の元本額に対する関係において、一年につき同法定の制限利率をもつて計算した額の範囲内にあるときにかぎり、その効力を認めることができ、その合算額が右の限度をこえるときは、そのこえる部分について効力を有しないものと解するのが相当である。

本件についてこれをみると、原審の確定するところによれば、被上告人は、上告人との間で、昭和三一年八月一日付契約書により譲渡担保の被担保債権合計二一四〇万円(原判示元本一二〇〇万円、七〇〇万円、二四〇万円の名債権)の元利金の支払のため、上告人を受取人とする約束手形を振り出し、二箇月ごとの手形の満期に利息を支払つて手形を切り替えて行くことにしたが、その後、右利息の支払期(手形の満期日)にその支払がないときは、当然に延滞利息を元本に組み入れる旨の契約(重利の予約)が成立するとともに、後には、その被担保債権に原判示の元本二五万円および五〇万円の各債権が加えられ、右同様の約定がなされたものであるところ、右被担保債権のうち、論旨指摘の四口の債権(前記債権のうち二四〇万円の債権を除くもの)の利率は、昭和三二年九月二〇日までは日歩三銭ないし四銭の約定であつたが、同日、翌二一日以降は日歩五銭に、また、同年一一月二〇日には、同月三〇日以降は日歩八銭に順次改定された、というのである。してみれば、右利息の約定は、各債権につき利息制限法による制限利率をこえる限度では無効であるから、昭和三二年九月二〇日にその利率が日歩五銭(年利一割八分二厘強)に改定されて後は、上告人は右制限利率の範囲内においてのみ利息の支払を求めうるのであるが、そればかりでなく、右利率改定の結果、重利の約定に従つて二箇月ごとの利息の組入れをするときは、ただちに、その組入れ利息とこれに対する利息の合算額が組入れ前の元本額に対する関係において、一年につき同法所定の制限利率をこえる状態に達したことになり、上告人は、右改定後は延滞利息を重利の約定に従つて元本に組み入れる余地を失つたものというべきである。それゆえ、これと同旨に出て、同三二年九月二一日以降利息の元本組入れの効果を認めなかつた原判決には、なんら所論の違法はない。

つぎに、原審の確定するところによれば、本件においては、弁済期到来後に生ずべき遅延損害金については特別に重利の約束がなされた事実は認められないというのであり、その事実認定は本件記録中の証拠関係に照らして是認するに足りるし、また、利息の支払を定めてこれについてなされた重利の約束が当然に遅延損害金についても及ぶとする根拠がない旨の原審の判断もまた正当であるから、遅延損害金については単利計算によるべきものとした原判決に所論の違法はない。論旨引用の大審院判決(昭和一七年二月四日言渡、民集二一巻一〇七頁)は、無利息の貸金債権について生じた遅延損害金に対しても民法四〇五条の適用があることを判示したものにすぎず、本件に適切でない。

なお、所論は、原判決が昭和三三年五月三一日をもつて最終弁済期と判示したことが違法であるというが、本件被担保債権のうち前掲各債権を含む前記五口合計二二一五万円の債権の弁済期は、当初昭和三二年七月三一日と定められていたところ、その後、同三二年一一月末日までに、さらに同三三年五月三一日までに順次延期されたことは、原審の適法に確定したところであり、その期限がさらに延期されたことは原審において上告人の主張しないところである。そして、原判決のいう最終弁済の表現が右の趣旨において用いられたものであることは、その判文に照らして明らかであるから、原判決に所論の違法はない。論旨は、すべて採用することができない。

同第二点について。〈省略〉

同第三点について。〈省略〉

同第四点について。〈省略〉

同第五点について。〈省略〉

同第六点について。〈省略〉

同第七点について。

原判決にいう御願書成立の経緯の趣旨が、原判決二〇枚目表第八行から同二五枚目表第一〇行までに認定された事情、ことに、被上告人が、上告人により譲渡担保権の実行として本件物件が処分されて終局的にその所有権を喪失するに至ることをおそれるとともに、その処分にあたつて、上告人から、処分代金をもつて被担保債権の弁済に充当した剰余金の支払を受けえられるかどうかに不安をもつていたこと、そのようなことから、被上告人は、本件物件の所有名義を上告人に移転したのは上告人のために譲渡担保を設定したことによるものではないとして、右処分を妨げるため処分禁止の仮処分を申請してその旨の決定を得、また、上告人を相手方として債務協定の調停を申し立てたが、右仮処分は前示異議事件の審理経過等からして理由のないものとして取消を免れないものと考えた結果、その不安は一層切実なものとなつたこと、原判示の和解の申入れは、このような事情のもとで、被上告人が右の不安の解消を図るために上告人に懇願した結果行なわれたものであることなど、被上告人が和解の申入れをするに至つた事情、動機ならびに右和解の交渉において当事者間で眼目とされた事項として原判決が認定したところを指すものであることは、その判文によつて明らかであり、また、「本件のような当事者間にあつては」という判示が、従来、譲渡担保権者とその設定者の関係にあり、前示のような事情にあつた当事者間においてあらためて代物弁済の合意をするのであるならば、という程の趣旨であることは、原判文によつて容易に了解できるところである。原判決に所論の違法はなく、論旨は採用するに足りない。

同第八点について。

原判決の確定するところによれば、昭和三一年八月、被上告人から上告人に本件物件の所有権が移転された趣旨は、当時被上告人が上告人に対し負担するに至つた既存債務を含めて合計二一四〇万円のちに七五万円が加えられて二二一五万円となつた。)の債務の譲渡担保契約の履行としてなされたものであるが、その内容は、昭和三二年七月三一日の弁済期(のちに弁済期が同三三年五月三一日まで延長されたことはさきに説示したとおりである。)までは、被上告人において右物件を三五〇〇万円以上に一括処分して債務の弁済に充てることができ、右弁済期後は上告人において被上告人の承諾なく自由に第三者に売却できるが、その処分価額が債務額をこえるときはその超過部分はこれを被上告人に交付するというものであつたというのであり、右はとりもなおさず、いわゆる処分清算型の譲渡担保契約であつて、上告人において右物件を処分したときは、上告人はその売却代金とこれをもつてその弁済に充当されるべき被担保債権との差額を被上告人に返還すべき清算義務を負担していたものにほかならないが、原判決は、その判示するような経過で同三三年一二月一日に成立した御願書による合意によつては、右従前の譲渡担保の法律関係が消滅したものとは認められず、右合意の趣旨は被担保債権の額をあらためて四二〇〇万円と確定したうえ、被上告人に対して、同月二四日までは二回に分割して右金額を弁済することにより本件物件を取り戻す権限と本件物件を一定額以上の代金をもつて処分することにより右金額を弁済する権限を認めるとともに、第一回の支払期限である同月一九日の経過後は上告人において自由に処分でき、その処分代金の中から前記四二〇〇万円を差し引いた額を被上告人に交付する旨の合意が成立したものとしたのであつて、原審の右認定判断は、原判決の確定した事実関係のもとにおいては、正当として是認しうるものである。そして、所論乙第一号証の解釈について異論をいう所論が、結局、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を争うものにすぎないことは、すでに論旨第二点について説示したとおりであり、御願書第一項の文言の解釈について原審の判示が所論のように的はずれのものであるとは解しがたい。また、御願書第四項の文言については、原判決が判示するように被上告人の取得額、ひいて、上告人による処分価額の目標を定めたため、「御配慮願上げます」との文言が用いられたと解しうるのであつて、所論のように、上告人が三〇〇〇万円に近い金額を被上告人に贈るよう配慮すべきことを定めたものと解さなければならないものではない。したがつて、原判決に所論の違法はない。論旨は、独自の見解に立つて原判決の判断を非難するものであつて、採用するに足りない。

同第九点について。〈省略〉

同第一〇点について。〈省略〉

同第一一点について。

昭和三三年一二月一日に本件当事者間に成立した御願書による合意によつて従来存続していた清算型譲渡担保の法律関係が消滅したものではない旨の原審の認定判断および御願書第三項、第四項により上告人が本件物件を売却した場合に、上告人から被上告人に対する三〇〇〇万円前後の金員の交付はなるべく昭和三三年一二月中に行なう旨の原審の事実認定がそれぞれ是認できることは、すでに、論旨第八点および第五点に対して説示したところであるが、かような事実のほか原審認定の事実関係にかんがみれば、御願書による合意は、原審認定のように、同年一二月中ならば、上告人の交付すべき金員も三〇〇〇万円前後になる見とおしであつたところから、同月中に清算されることが前提となつて定められたもので、被上告人がその約旨に従い同月二四日までに総額四二〇〇万円を弁済するときは他に御願書による合意成立の日から弁済までの損害金を付加することがなくても本件物件の返還を受けることができることを定めた趣旨であつて、それ以上に、同日の経過により上告人がその所有権を確定的に取得して、被上告人の上告人に対する右金員の支払義務が消滅し、上告人は被上告人に対し御願書第四項記載の三〇〇〇万円前後の金員を被上告人に交付する義務のみが残り、被上告人がその被担保債権を弁済することによつて本件物件の回復を図ることが不可能となるというような状態になる趣旨のものではない、と解するのが相当であり、特段の事情のないかぎり、被上告人としては、前記四二〇〇万円の弁済期限の経過後であつても、右金額とこれに対する相当の損害金(その計算関係および金額は原審が判示するとおりである。)とを上告人に弁済するときは、その被担保債権の消滅を理由に本件物件の返還を請求することができ、他面、上告人としても、同年一二月の経過後に本件物件を処分するに至つたときは、右四二〇〇万円にこれに対する相当の損害金を加えた金額を被担保債権額としてその売却代金額から控除し、その差額を被上告人に交付することを要し、またこれをもつて足りる趣旨のものと解するのが相当である。所論乙第三号証の記載および上告人が同号証による被上告人の申出を承諾しなかつたことはなんら右の判断を妨げるものではない。してみれば、これと同旨に出た原審の判断は正当であつて、原判決に所論の違法はない。論旨は、採用することができない。

同第一二点について。〈省略〉

よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官田中二郎の意見があるほか、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

上告理由第一点に対する裁判官田中二郎の意見は、つぎのとおりである。

私も上告理由第一点が採用できないとする点においては多数意見と結論を異にするものではないが、その理由を異にするので、つぎに述べる。

原判決は、本件譲渡担保契約の被担保債権のうち、元本二四〇万円、一二〇〇万円、七〇〇万円、二五万円および五〇万円の各債権については、それぞれ利息の約定(その利率は二四〇万円の債権については当初から日歩一〇銭であり、その他の各債権については昭和三三年五月三一日弁済期当時は日歩八銭であつた。)があつたことを確定しながら、右弁済期当時、その弁済期後の遅延損害金について予め特別の予定がなされたことを認めるに足りる証拠はないとし、右弁済期の翌日から生ずべき遅延損害金は、他に特別の事情のないかぎり、右約定利率を利息制限法一条により修正した利率によるべきであつたことになるとしている。右の説示は、昭和四三年七月一七日大法廷判決(民集二二巻七号一五〇五頁)における多数意見と同一であるが、私は、金銭を目的とする消費貸借上の債務に対する弁済期後の遅延利息については、弁済期後の賠償額の予定について特に明示的に約定がされていない場合であつても、当事者としては、利息制限法の許す範囲内でその約定利率による遅延利息を授受しようとする意思であつたと解すべきであり、したがつて、同法四条の制限の範囲内において約定利率による損害金の請求をすることが許されるものと解する。その詳細は、右大法廷判決に際し私が同調した奥野裁判官の反対意見および昭和四三年一〇月二九日第三小法廷判決(民集二二巻一〇号二二五七頁)の私の反対意見のとおりであるから、これを引用する。それゆえ、私の見解によれば、上告人は、同法四条の規定に従つて、二四〇万円および七〇〇万円の各債権については年三割の、また、その他の前記各債権については年三割六分の損害金の請求をすることができることとなる。ところで、原判決は、さらに、右各債権の約定利息について、重利の約束がされたことを確定しながら、その遅延損害金については重利の約束がされたことを認めるに足りる証拠はなく、また、利息に関する重利の約束が当然に遅延損害金についても及ぶ根拠がないとし、その損害金は単利計算によるべきものとしている。しかし、当事者間に約定利息について重利の約束がされていなくても、それを排除する明示または黙示の合意が認められるなど特段の事情がないかぎり、当事者には遅延損害金についてもその約束をする意思があつたものと認めるのが相当であると考える。

このような観点に立つときは、前記各債権の遅延損害金の割合について利息制限法四条の適用を排除し、また、その損害金について特段の事情を示すことなく重利の約束の存在を否定した原判決の認定判断には、法令解釈の誤り、理由不備の違法があるものといわなければならない。

しかし、他方、本件のような二箇月ごとの期限を付した利息の組入れ契約については、利息制限法および民法四〇五条の法意に従つた制限があるものとする多数意見の見解には私も賛成であつて、これを遅延損害金についての重利の約束に適用すれば、本件における遅延損害金の割合は、前示のように、いずれも利息制限法四条所定の率をこえ、その制限の範囲内において支払を求めることが許されるにすぎない状態にあつたのであるから、私の見解に従つても、上告人が遅延損害金について重利の約束の効果を主張する余地はなかつたというべきである。そればかりでなく、原判決は、本件当事者間においては、原判示の御願書による合意が成立した際、右合意によつて定められた四二〇〇万円の金額についての早期決済がされなかつた場合には、従前の前記被担保債権についてその弁済期後の遅延損害金の率を前記約定利率と同一の率に定める暗黙の合意が成立したものと認定したうえ、同法四条の制限に従つた利率により遅延損害金を算定しているのであるから、前記違法は、原判決の結論に影響を及ぼさなかつたことが明らかである。

なお、その他の所論に対する多数意見は正当と考えるから、私もこれに同調する。(関根小郷 田中二郎 下村三郎 松本正雄 飯村義美)

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